第5回日本医学シミュレーション学会総会特別講演

 

医療のリスクマネジメントにおけるシミュレーションの意義

自治医科大学医学部メディカルシミュレーションセンター

センター長 教授 河野 龍太郎

医療システムは、安全のための管理が不十分なため、エラー誘発要因が極めて多く、かつ、エラーに対する防御壁が弱い、という構造上の問題がある。

安全なシステム構築には、安全確保のための仕組みが、まず、(1)設計の段階で組み込まれていること。次に、システムの運用では、(2)システムを構成する人間と機械の品質が保証されなければならない。さらに、(3)内在する危険性を常に監視・予測し、必要な場合は事故やトラブルが発生する前に対策をとる仕組みがなければならない。特に、(2)においては、人間への要件として、(a)心身機能条件、(b)タスク遂行技能条件が満足されなければならない。航空や原子力といった産業システムでは、これらの条件を満足しない場合はその業務に就かせないという管理が行われている。特に、実技試験に合格しなければライセンスが取得できない。

ところが、医療システムは能力管理が不十分であり、(b)の条件が満たされていない場合がある。航空や原子力では、(b)を満たすために、まず、シミュレータを用いてある一定のレベルになるまで訓練を行い、実技試験を実施している。シミュレータは「タスク遂行技能条件」を満たすための必須の訓練用ツールである。

人間は忘却し、使わない技能は低下する。シミュレータは一定の技能が保持されていることを確認するためにも用いることができる。たとえば、諸事情で臨床の現場からしばらく離れた医療従事者が現場に復帰する時など、シミュレータを用いて訓練し、ある能力レベルにあることを保証することができる。

シミュレータを用いた訓練は、能力の向上だけでなく、標準化も期待でき、そのため効率の向上も期待できる。医療のリスク低減へのシミュレータを使ったプローチは、リスク低減だけでなく、効率や品質の向上にも有効である。