教育講演(15

腸管機能の保護:麻酔科医による手法

慶應義塾大学医学部麻酔学教室

 

森崎 浩

 

敗血症や多臓器不全の発症機序の解明が一段と進むなか、腸管は単に栄養源の消化・吸収機能を担うばかりではなく、侵襲を受けた後に多臓器不全に発展する根源と考えられている。生体が大侵襲を受けると、虚血に脆弱な腸管粘膜の機能的統合性は崩れ、腸管内常在菌あるいは菌由来毒素が生体内に進入する現象が惹起されて多臓器不全に至る。また蠕動機能低下などにより腸管内細菌叢の異常増殖が起きると、同様の現象が惹起される。したがって、腸管機能は周術期を含む重症患者の予後を左右しているといっても過言ではない。昨今、集中治療領域で普及してきた早期経腸栄養は、重症患者の栄養状態改善のみが目的ではなく、腸管粘膜の萎縮を防ぎ、腸管壁防御機能を高めると考えられている。一方、腸管壁防御機構は様々な因子により修飾される。たとえば、高血糖が比較的短時間であっても持続すると、腸管粘膜透過性亢進を増悪することが基礎研究から示唆されている。また急性肺傷害患者への肺保護戦略の結果として容認されるpermissive hypercapniaは、傷害された肺を保護するのみならず、腸管壁透過性亢進を抑えることが示唆されている。さらに、2000年のメタ解析によると、硬膜外麻酔単独あるいは全身麻酔との併用は術後死亡率を3分の1に減少し、重篤な合併症の発生率を有意に低下している。その効果は鎮痛が主因ではなく、交感神経系求心路の抑制など他の機序が関与していると考えられている。硬膜外麻酔には蠕動機能を促進する効果があるとともに、腸管壁防御機能を保護することが指摘されている。本講演では、麻酔科医が持ちえるさまざまな手法により、腸管機能を如何に保護し得るかについて考えてみたい。