教育講演(28

脂肪乳剤は局所麻酔薬中毒の救命に役立つか?

大阪市立大学大学院医学研究科麻酔科学

 

小田 裕

 

1998年,イソフルランによる全身麻酔・人工呼吸中のラットに脂肪乳剤の前投与を行うと,ブピバカインの心停止誘発量及びその際の血中濃度閾値が有意に上昇することが発表された.この発見はその後長きにわたって忘れ去られていたが,2006年に局所麻酔薬による難治性不整脈が脂肪乳剤により有効に治療された症例が報告されて以降,再び脚光を浴びるに至った.これらの症例は何れも,心血管系・呼吸器系合併症のため伝達麻酔での手術が予定され,0.5%ブピバカイン+1.5%メピバカイン,0.5%レボブピバカイン,または1%ロピバカインの何れか20ml以上が短時間内に投与された.直後から15分後に痙攣(tonic-clonic seizure)を生じ,その後心停止に至った.エピネフリン等による治療は有効でなく,20% Intralipid®100 mlの1回投与,またはこれに続く持続投与 (0.5 ml/kg/minまたは10 ml/min)開始後,比較的短時間で心拍が再開した.多量の局所麻酔薬を使用する際には,中毒症状の発現を常に念頭に置く必要があるが,全身麻酔下で投与したり神経ブロック施行後速やかに全身麻酔を導入すると,心血管系合併症の前駆症状である中枢神経症状が見逃され得ることに留意すべきである.最近の研究では,ブピバカインによって心停止を誘発したラットにおいて,心臓マッサージと純酸素による人工呼吸を続けながら脂肪乳剤を投与すると,エピネフリンを用いた場合よりも心機能の回復が速まる上,肺水腫やアシドーシスの発生も抑制されることが示された.これらの理由はまだ解明されていないが,脂肪乳剤に対する局所麻酔薬の溶解度が高いことが原因の一つではないかと考えられている.