周産期の薬物代謝

 

 

コロンビア大学

森島 久代

 

妊婦が治療を目的として、あるいは無意識に服用する薬物、または種々の化学物質の殆どは胎盤を通過するため、胎児は成長過程において、これらの物質に曝されることになる。薬物が径胎盤的に胎児に移行する濃度は、物理化学的特徴、母体・胎児の薬物代謝機能、母体胎児間の薬物濃度差などを考慮した上で、薬物半減期解析により推察することが可能である。しかし実際に、薬物の胎児への移行による正確な有効治療濃度を測定するためには、胎盤内での薬物代謝酵素の存在の有無など、種々の因子が関与してくる。また、薬物動態学的な検討から胎児への薬物移行量が明らかになったとしても、胎児の有効治療濃度は、胎児自身の代謝による分解・排泄の変化、遺伝的要因による代謝および薬物作用そのものの変化、または母体のその時々の状態による投与量の変化などによって影響を受ける。

 

薬物の毒性はその投与量、投与時期、投与経路などに影響を受ける。投与量は年齢差のみならず種差、遺伝因子にも関係がある。妊娠初期に摂取した薬物の催奇形性は稀で、概して妊娠3ヶ月内に起こるが、生後の生化学的、機能的、神経行動学的異常は、いかなる時期の薬物摂取でも起こりうる。これらの異常は環境汚染による化学物質などでも惹起され、異常は幼児期以後に発現することもありうる。この遅延反応の例として、胎児期にジエチルスチルベステロールに曝露された女性では、思春期以後の膣腺癌の発生率が高く、乳癌の危険率も20-30%高いという最近の報告は注目すべきである。

 

最後に、現在の新薬開発において薬物-受容体相互作用の研究は重要で,受容体と特異的かつ効果的に結合する化合物を見出すことが主な鍵である。

 

今回は、薬物が生体内でいかに変化するかという薬物動態学と、薬物が生体にいかに作用するかという薬力学、及び薬物の胎盤通過性など周産期薬物代謝の基礎的大要について述べる。加えて、妊娠末期または分娩時に投与される薬物の動態、さらに胎児薬物治療について考察したい。