招聘講演(12)

大動脈外科と脊髄保護−コンセプトの変化と麻酔科の役割−

 

浜松医科大学 医学部 外科学第一講座

 

椎谷 紀彦

脊髄保護のコンセプトは近年変化している。古くは、脊髄虚血は分節動脈由来栄養動脈の非再建により発生すると考えられ、これを同定し再建することが王道であった。最近は、脊柱管内外には豊富な側副血行路が存在するため、脊髄灌流圧(動脈圧−脳脊髄圧)を高く維持すれば分節動脈を全て犠牲にしても脊髄虚血には陥らない、というcollateral network conceptが提唱されている。しかし側副血行が常に充分な血流量を保証するものではない。また術中は側副血流量がviable rangeに保たれていても、術後の呼吸血行動態の悪化に伴い不十分となり、遅発性脊髄障害の一因と成る可能性も指摘されている。分節動脈再建の意義は、このような側副血流の不足を防止することにあると考えられる。コンセプトの変化と平行して、CSFDの有効性の証明、経頭蓋運動誘発電位(tc-MEP)の普及、MRAや多列CTによる脊髄栄養動脈の同定など、脊髄保護戦略にも新しい知見が蓄積されている。Collateral conceptにおいては、CSFDは脊髄灌流圧を上昇させる重要なcomportnetの一つである。MRAや多列CTによる脊髄栄養動脈の同定は、術中モニタリングの目的を脊髄栄養動脈の同定・再建から、脊髄側副血流低下による術中脊髄虚血の監視へと変化させた。この現況では、監視結果に応じた呼吸血行動態の適正化など、麻酔科が果たす役割は非常に大きいものとなっている。講演では、脊髄側副血流の重要性に着目して演者が1994年から導入した小範囲分節遮断法、多列CTにより同定された脊髄栄養動脈の形態による脊髄虚血メカニズムの違い、tc-MEPと脊髄誘発電位(ESCP)との比較、ナロキソン持続点滴の効果の生化学的検証などについても紹介する。