招聘講演(13)

幼少時の麻酔暴露による脳障害と脳発達過程の興奮性GABA作用

 

浜松医科大学 医学部 生理学第一

 

福田 敦夫

 

最近、幼少時の麻酔暴露と学習障害の関係が出生コホート研究により指摘され(Wilder et al., Anesthesiology 110, 2009)、臨床麻酔学上の問題として注目を集めている。動物実験レベルではGABAA受容体作動薬などの麻酔・鎮静薬が発達過程の脳に器質的変化を伴う脳機能障害を起こすことは知られていた。そこで、発達期の脳におけるGABAの特異的な作用からこの問題を考えてみたい。 中枢神経系の最も主要な抑制性神経伝達物質であるGABAは、神経細胞発生期にはシナプスを介さない傍分泌的作用で分化や移動に関わり、回路形成期には興奮性伝達物質としてシナプスの形成・強化に関与することが明らかになりつつある。すなわち、GABAには発達段階に応じた3つの役割があり、発達初期における役割は古典的概念の抑制性伝達物質とは大きく異なっている。私はその機序として、発達期の脳に特異的なCl-ホメオスタシスとその発達的変化、すなわちCl-トランスポーターが細胞内Cl-濃度を能動的に変化させ、Cl-チャネルであるGABAA受容体作用の興奮(Cl-流出)/抑制(Cl-流入)の調節を行い、脳の形成や機能の発達に積極的に関与すると考えている(Cl-ホメオダイナミクス仮説、Fukuda 1996)。事実、新生児けいれんモデルでもGABAは興奮性に作用し、GABAA受容体作動薬でかえって増悪する(Dzhala et al., Nat. Med. 11,2005, News & Views by Fukuda)。また、神経幹細胞の増殖や新生神経細胞の移動に興奮性GABA作用が必須なことを最近見出したので麻酔・鎮静薬の影響についても考察したい。